| 「私たち人類が大地に対して行ってきたあらゆる行為の中で
、最大の荒廃をもたらしたのは農業です。」
少なくとも、そういうことを言うことは論議を呼ぶ発言といえます。けれども、ここタマネギ畑の片隅にたたずむ限り、論議というものは起こり得ません。誰かが異議を唱えようとする前に、室田禮治さんは持論を唱え始めます――議論を噴きかけるのではなく、教えるような感じで……
室田さんの考えでは、畑地土壌にとって最も自然に反した状態とは、土壌がむき出しになること――すなわち畑地を裸地にすること――です。しかしながら、現代農業では、畑を裸地化することは、標準的な農作業の一過程となっているのです。つまり、畑の全面作付け、全面刈り入れを行い、次の作付けまで畑を裸地のままにするのです。たとえ室田さんの圃場であっても、収穫のため地面から作物を引き抜けば、作物や草など土壌を被覆している植物が一緒に取り去られることは避けられないのです。けれども、そのように作物や草が生育する層が剥がされて地面が露出したままになると、土壌に本来備わる能力が損なわれてしまいます。この極めて重要な能力が土壌から欠けると、畑は投入物に依存するようになります――これは、西洋人が何回も繰り返し聞かされてきた話です。
それに対して現在、室田さんは、この慣行農業のやり方から方向を転じています。室田さんは語ります――自然な状態では、常に何らかの植物が生育することにより土壌に一つの層が形成され、それが土壌に再生する力を与えます。この状態を作り出すために、室田さんは畑で絶え間なく栽培を続けます。かといって、単一の作物を連続的に栽培するのではありません。たとえ20アールの圃場であっても1種類の作物だけの栽培では、地面が完全に露出する期間を免れることは避けられません。そうした単一栽培ではなく、彼は、組み合わせられる作物を並列して植え――すなわち、間作栽培(主要農作物の植えてある畝の間に、他の作物を栽培すること。または、苗木の株の間に穀物などを栽培すること)を行い――、土を常に被覆する方法を取ります。「1つの作物を植える時はいつでも、何を一緒に植えるかを考えます。」と、室田さんは述べます。
混沌とする畑を適切にお世話する
作物の組み合わせ方に、室田さんの豊かな想像力がうかがえます。一般的なトマトとバジルといった組み合わせ(一般的にはトマトとバジルを組み合わせて栽培すると病害虫予防になるとされている)でなく、彼は、トマトとアスパラガス、レタスと唐辛子といった組み合わせで栽培します。霞がかかった緑色の網の下には、この畑で一冬を越したナスが枯れた姿を見せます。そして、昨年からの名残である褐色のナスの茎としなびたナスの実の上を、エンドウの蔓が這っています。圃場がそのような状態では怠慢な農作業の結果でしかないように見えますが、室田さんの非凡な才能はそこにあるのです。彼の自由放任主義は、高度な計算に基づくものなのです。
例えば、この畑では、毎年タマネギとカボチャだけが作付けされています。タマネギは丸ごと根こそぎ収穫される数少ない作物の一つですが、それを一列の畝から全部収穫してしまうと、隣の畝からカボチャが蔓を伸ばし、むき出しになった地面を覆い尽くします。秋が来るとカボチャの蔓は枯れ、その隙間を縫うようにタマネギが再度植え込まれ、冬の間にカボチャの蔓は腐植化して土へ返ります。この畑では同じパターンの作付けを毎年繰り返します。二畝のタマネギと一畝のカボチャが交互に並び、季節によりその光景は、潮の満ち干のように移り変わります。
通常の家庭菜園を連想させるような技術で、農家が作付け計画を行っているのを見るのは奇妙な感じがしますが、たとえそうであっても理にはかなっていると思います。合点がいかないのは、この畑には並列して植えてある2種の作物とは別に他の植物――樹木――が植えてあることです。それはかつての裏庭のなごりであり、営利を目的とする農業とは、本質的に相容れないもののように思えるのです。つまり、カボチャとタマネギの畝が11列続く毎に、土壌表面は、一列に並んでいるブナ科のアラカシやコナラとぼうぼうにのびた細長い草むらに被覆されるのです。
黄島に来て僅かな時間しか経っていないのに、秀明自然農法は、私の祖国アメリカの農業の通則と同じ通則には従っていないことを悟りました(率直に言えば、経済的利益はほぼ後回しなので、そのような通則に従う必要はないのです)。しかし、木を作物と一緒に植えることと畝作農業(畑の中に畝を作って、その上に作物を栽培する農法)とは、根本的に対立するのではないでしょうか? 木は水を吸い取って、日光を遮るものであり、(大抵の場合)木はそれ自体では収穫をもたらしません。
常に大自然に目を向けている室田さんは、それとは異なる見方をしています。黄島が抱える最大の問題はその気候です。雨は非常に少なく、またほとんど絶え間なく続く風が、大地の通水性を担う土壌を吹き飛ばしてしまいます。室田さんが黄島に来る前、島では森を壊滅させて畑を切り開いていました。その結果、地面は完全にむき出しの状態になってしまったのです。そして、風食により黄島の自然環境は壊滅的な打撃を受けました。そこで、後を引き継いだ室田さんが真っ先に手懸けたのは植林でした。
新しく成長した木が厳しい環境を和らげる
タマネギ畑のど真ん中に木が生えていても、たとえ、木がタマネギの邪魔者のように見えても、木は貴重な水を巡ってタマネギと争うのではなく、むしろ木はタマネギの生命を維持するための保護者として欠かせないものになっている、といった印象さえ受けます。室田さんは、農家の人たちが土壌の乾燥対策として単に水を多量に与えるぐらいのことしかしないことを思い起こし、その近視眼的解決策にありありと憤慨しながら語ります。「乾燥地では、単に灌漑用水を河川から引いて農地に散水します。けれども、土壌があまりにも乾燥していると、水は土壌粒子に保持されることなく土壌粒子を通過してしまうか、もしくは蒸発してしまいますので、その後に毛管作用により土壌下層及び地下水から水と水に溶けている塩類が土壌表層に吸い上げられます。その後、水分は蒸発しますが、塩類はそのまま地表に残り集積します。結局、益よりもむしろ害を与えることになるのです。」
室田さんの解決法は、まず、基礎となる土作りから始まります。土を作ることにより土壌層の働きをよくするのです。彼は土が肥えれば肥える程、保水性が良くなることを知っているのです。木は、その土作りの過程に不可欠なものなのです。木は、風をさえぎり、木蔭を提供し、また、地中に根を深く下ろして水分を保つことによって、苛酷な天候に対する緩衝役を担います。そして木が深く伸びた根から栄養分を吸い上げ、自然堆肥(厩肥を含まない枯れ草や落ち葉だけの堆肥)となる木の葉を提供することにより、年月を重ねるにつれて土壌に一層複雑さを増します。「木と草は、お互いに助け合っています。」と室田さんは、優しい口調で語ります。木蔭がなければ、土はからからに乾燥し、草は生えません。そして草がなければ、室田さんは自然堆肥を作れません。
木はまた、生態系全体の複雑なメカニズムにも一役買います。木と生態系全体との相互関係を認識し、理解することこそが、室田さんが考案した農業体系を現実の軌道に乗せるための秘訣なのです。しかしそのためには、深く掘り下げたレベルまで意欲的に取り組むことが必要です。つまり単に木を植えるだけでは、解決にならないのです。

その具体的事例をあげてみましょう。タマネギとカボチャの畑を出て、登り坂を歩いていくと、伐採され輪切りにされた太い丸太が地面に転がっていますが、私たちはこれを横目に通り過ぎます。「これはアカシアの木です。オーストラリアやアフリカのようなひどい乾燥地域でよく見かけられるものです。成長が早いから手ごろと思い、最初に植えました。」と、室田さんは語ります。
その予測は、余りにも当たり過ぎていました。アカシアがすぐ芽を出して急激に成長するにつれ、木ならそうなるはずと私が推測した通りのことが起こったのです。アカシアは、水を吸い上げて奪い、若い果樹の木にすっぽり覆い被さり、日陰にしてしまいました。今から数年前には切り倒す以外なくなり、それから室田さんはどのようにすれば自分が考案した農業体系をもっといいものにできるのだろうか、と自問したのです。
木が自由自在に伸びると、誘われるように、野菜も多彩な姿を醸し出す
アカシアの切り株を過ぎ、雨のように降り落ちてくる花吹雪を通り抜け、さらに丘の上へ歩を進めると、島内で最高の畑へと視界が開けます。いつもの室田さんなら手振りを加えて何か説明しようとしない限り、両手をポケットに入れたままで、常に落ち着き払い、ゆっくりした口調なのですが、この畑の前に来た室田さんは、痩せた頬をほころばせ、顔を輝かせています。畑には多種多彩な野菜が植えられており、植えられている真直ぐな畝をはみ出んばかりにそれぞれが活気に満ちあふれています。

野菜の中に木々が立っています――背丈が伸び、葉が茂った山桜、産毛の生えた榎(えのき)の若木、紫の花が今にもパッと開きそうな、球状に膨らんだ蕾を付けた細長い桐。計画性など何処にもうかがえません。入念に計算された畑の秩序から逃れなさい、と畑のエンドウや唐辛子を励ましている張本人が実は木なのだとほぼ見当がつきます。
どの木も風によって種が運ばれて来ました。あれ以来、室田さんは木の育つに任せ、どうなるか見守っているだけです。10アールの畑全体に木は点在し、10本位とまばらです。相応しい木の種類や最適の本数については、依然として検討中であると室田さんは認めています。とは言っても、これら地元原産の木は当地の気候に最も適しており、それ故に野菜と競合することなく共存する可能性として、地元原産の木が最有力であるということを彼は熟知しています。
室田さんがこのような実験をするということは、この畑が肥沃であることを証明しています。ある程度予測できる結果を得るためには、カボチャとタマネギの間には、よく管理されたブナ科の木を用いなければなりません。下の方の畑は肥沃度が劣り、確実に栽培できるのは2種の作物だけなのに対し、この畑は同じように間作しても、何種類もの作物が見事な出来栄えで育っています。
ただし、下の方の畑がいつまでも肥沃土が低いままだというわけではありません。室田さんは、どんな土でも自然の状態に近づくことによって素晴らしい土になれると確信しています。畑の価値は、畑のある場所や、土壌の元々の構成成分によって、決められてしまうような固定した数値で表せるものではないのです。山腹のタマネギとカボチャの畑は、この木で保護された区域より、もっと風を受けるのでしょう。けれども、その違いは、解決しなければならない障害物が一つある、といった程度のものです。室田さんの見方では、土壌とは土作りの過程の結果であり、どのような土作りが施されるかで、土壌の将来は決まるのです。秀明の会員は皆、この苦悩に満ちた世界が地上天国になりえると信じているように、室田さんは、土には無限の可能性が広がっていると見ているのです。
室田さんは、地上天国に到達するまでの途上にある畑の状態を「成熟度」の観点から評価しています。「成熟度」とは、その畑で秀明自然農法を開始してからどの位の期間その農法によって耕作がなされてきたのか、また、秀明自然農法の開始から現在までの転換期間中にどの程度の好結果がもたらされてきたのかということを意味します。土壌は、その土壌の生態系の複雑さと、その土壌が持続させることのできる生物多様性によって判断されるのです。
作物の生産により、土壌が強化される
農地を手入れする方法と言えば、米国のオーガニック農家なら輪作と口を揃えます。他方、室田さんや他の秀明自然農法農家は、畑に適した作物を見極め、毎年それを栽培し続けます。例えば、新規の圃場では、通常根菜類を栽培し、その畑が十分に「強化」され、より生育条件が厳しい作物の栽培に移行できると判断されるまで、根菜類の栽培を続けます。黄島の環境回復に20年近く費やしても、トマトや土壌に高い能力を要求される他の作物の栽培が満足がいくまでにはまだ土壌が整っていない、というのが室田さんの実感です。「人間にとって10年と言えば、長い歳月を思わせます。しかし、土壌を再生するという点から見ると、ゼロに等しいのです。」と、彼は胸中を語ります。

けれども、一旦その農業体系が回り始めると、それは飛躍的な発展を遂げます。木の健康が増せば、葉が鬱蒼と茂るようになり、自然堆肥にうってつけの草が育つようになります。すると土壌の保水性が良くなります。保水性の向上により腐植化・分解が速くなり、地中で生命活動を維持する生物群が繁殖し、さらに地上で生命活動を維持する生物群が繁殖します。
土壌の複雑さが土壌自体の力によって構築されることが黄島だけでなく、本土でも同様であることを証明するために、室田さんは本土の秀明自然農法農家のところに行き、自分が黄島で実践してきた自然堆肥の作り方を彼らに指導してきました。室田さんの指導を受けた人たちは、自然堆肥を作り、痩せた土壌へ施してみました――繰り返しますが、肥料としてではなく、純粋な生命の活力源という考えからです。その結果はまさに彼の予想通り、土壌の見た目と活力は回復しましたが、そのことは自然堆肥が土壌を改善したということを証明しただけであって、土そのものが持つ再生能力を生かす解決法を見い出すには到っていません。結局、室田さんの脳裏を去らないのは、土壌本来の再生能力を生かす土作りを怠り、黄島が本土から堆肥(かつて、黄島では、秀明自然農法では禁止投入物である厩肥まで持ち込んだこともあるのです)の搬入を図った時にそれが引き起こした大失敗なのです。
「黄島だけでなく本土でも、自然堆肥を痩せた土へ施したら、土が随分良くなりました。自然堆肥のおかげで、見た目と活力がとりわけ変わってきたのです。しかし、野菜の味の向上はそう簡単ではありません。秀明自然農法実施農家は美味しい野菜を作るためにいままで以上に努力をしています。」と、室田さんは語ります。
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