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| 新しい未来を築く:
ヤソトン(Yasothon)にジョンが建てた泥レンガの家の中の様子。 |
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2003年2月28日、タイのバンスリタンにて:
一晩中三等列車に乗って11時間、その後バスに乗って3時間、さらに小型トラックに乗って地域区間を乗り継いで行くと、タイ東部にバンスリタンという小さな村があり、デレクと私はその村へやって来ました。
持っていた旅行ガイドブックには、この町についての記述がほとんどなかったのですが、その理由が、ようやくわかりました。この町は、痩せた牛がいて、碁盤の目のように水田があり、その間にひしめき合いながらブリキ屋根でできた家が集まっているだけに見えました。
驚いたことに、私達が、町のすぐ外れにある農場へ続く泥の道を、やっと歩いていた時、土まみれの2人のアメリカ人が、私たちを出迎えてくれました。この農場については、私たちはWWOOF(世界に広がるオーガニックファームでの機会/オーガニック農業ワーキング・ボランティア,
www.wwoof.org)を通して学んでいました。詰め込みすぎのバックパックを肩からぶら下げ、マンゴーの木陰の下で立っていると、しばらくしてから、泥まみれになっている人たち
に次々と私たちは紹介されました。このうちの1人は、細身の30才代のタイ人男性でした。彼は、ゆったりとしたズボンをはき、茶色い目、浅黒い肌でハンサムな顔立ちをしています。そして愛想よく微笑んでくれました。
「やぁ、ジョンです。ようこそ。」と簡単に彼は言いました。
この人がジョン(ジョーンと発音するのですが)・ジャンダイでした。彼は3.2ヘクタールのオーガニック農場のオーナーであり、レンガの建物について1週間にわたって行われる講習会
の主催者でした。この講習会には、30人以上の西洋およびタイの見習生が集まって来ていました。デレクと私はこの講習会に参加し、レンガ建物の建て方や利点について短時間で多くの事を学びました。しかし、日が過ぎるにつれて、私たちはジョン・ジャンダイの行動や話から、もっとも簡潔に学びがあることに気付き始めました。
彼はいつも裸足のままで、いつも笑顔でした。建物をもっと簡単に建てるため、実験を行うときには、まるで無謀とも言えるやり方で、彼は臨んでいました。
彼は、推奨された量の半分の土しか使っていないのに、「屋根は持つよ。大丈夫。」と私たちに教えてくれました。通常の土の量だと屋根は持つのですが、仕上がるまでに時間がかかり過ぎていました。翌日、彼は、「土の床はやめようと決めたんだ。作業が大変すぎるからね。かわりに竹を使うよ。」と話してくれました。ジョンが何かを考える時は、いつも何かしら改善の余地がありました。
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「怠けるってことは、環境保護者であることと、持続可能な生活をするための本当のあり方なんです。」
――タイでオーガニック農業を営み、レンガの家を作る革新的な建築家ジョン・ジャンダイ |
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「人々は僕のことを頭のおかしい奴 と呼ぶんだ。僕がやることは何でも普通じゃないからね。」と彼はにっこりと笑っていいました。「でも、どうしてみんな本に書かれていることをやるんだろうね?
その方法はもうすでに試されたものなのに。」
これまでと違った建築手法を、タイで最初に用いた人の一人として、ジョンは、各地で、数え切れないほどの代替建築の講習会を主催してきました。そして今でも、さらに良く、さらに簡単な建築方法を見つけるために実験を続けています。この他に、彼は、農場では化学肥料や農薬を一切使用せず、バンスリタンのオーガニック農家のグループの長を務めています。最近では、バンコクポストにも彼のことが大きく取り上げられました。
自立への熱望
ジョンの型破りな選択は、最良の生き方についての彼の哲学に基づくものです。「僕が興味を持っているのは、必ずしも自然な建物というわけではないんだ。」と彼は言いました。「自立ですよ。住まいは4つの必需品のひとつだからね。僕たちが、自分自身を頼りにすることができなかったら、自由はないからね。僕は自由なのが好きなんだ。」と。
自立に対するジョンの関心は、非常に根深く、それは大部分、過去の経験に端を発しています。
ジョンは、15歳のときに家族の農場を離れました。多くの人々と同じように、より豊かな生活が約束されているものと誘惑に駆られたのです。「とてもすてきな家々や、車、海などが出てくる映画をたくさん見ました。その頃の僕の最大の望みは、贅沢な生活を送ることだったからね。
お金が殆どなかったので、彼は、勉強が続けられるよう修道僧になりました。3年後、彼はそこをやめて、バンコクにある法科大学で勉強し始めました。しかし、お金がなかったので、勉強よりもむしろレストランやホテルなどの臨時の仕事で、ほとんど時間が過ぎていました。
「そこには僕の望む生活はなかったよ。ロボットみたいだった。いつもいつも働いてばっかりで、生活の美を楽しむ時間なんかなかったしね。」と彼は言いました。7年後、彼は、農場に戻り、一度は捨てた生活に戻るという選択をしました。
しかし、その決断は容易なものではありませんでした。「たくさんの人々が僕のことをからかったり、馬鹿にしたりしたんだ。長いことバンコクで生活したのにいい仕事に就けなかったからね。」と彼は言いました。
その上、彼は、高い給料が支払われる仕事に就くことさえやめようと決心していましたから。「僕は、戻ってくることと、自分としてはお金を稼がないことを選んだんだ。多くの人達は、さらに多くのお金を欲しがるけど。」
ジョンは、農場に戻ってからも、慣例に捉われない選択をし続けました。彼は、労働や材料に対してお金を支払わなくてもよいように、これまでにない建築手法について実験を始めました。そして、レンガは、彼がこれまで見つけた中で、最も安く最も簡単に使える材料でした。
さらに、たいていの場合、肥料を使わない方がより丈夫な植物が育つと、彼は断言していますが、化学肥料を買うかわりに、彼は有機肥料や堆肥を使っています。彼はまた、植物と“何か甘いもの”との混合物を発酵させて使っています。これによって、害虫を近づけないだけでなく、土壌に栄養を与えます。ジョンの説明によると、この手法は最初、ある会社からタイの農家に売られたのだそうです。しかし今では、ジョンのような農家がその秘法を学んでいて、発酵したものを無料で利用できます。ジョンはさらに、地元の固定種の作物を栽培し、毎年その種を取っています。ですから種を買う必要がありません。
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「人々は僕のことを頭のおかしい奴と呼ぶんだ。僕がやることは何でも普通じゃないからね。でも、どうしてみんな本に書かれていることをやるんだろうね?その方法はもうすでに試されたものなのに。」 |
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このような方法によって、彼は、多額の資金を投資しなくても農場を経営することができるのです。彼は年間を通して畑と養魚池の管理をし、彼と5人の家族の生計を賄っています。また、6月から10月の雨の多い時期には米を栽培しています。
「オーガニック農業の方が楽なんですよ。」と彼は説明してくれました。「慣行農業ではたくさん稼ぐことができますが、費用も多くかかるんですよ。」と。ジョンは殆どお金をかけずに農場を経営していますが、その一方で、年間30,000バーツを稼いでいます。その大部分はグリーンネットという組織を通して、ヨーロッパに米を輸出して得ています。これは1,000米ドル以下ですが、タイでは生活にかかる費用が非常に安いので、家族の生活費としては十分すぎるほどの額です。しかも、彼らは一年のうち半分しか働いていないのです。
“十分”といえる心を養うこと
「オーガニック農業では、一度にたくさんのお金を稼がなくてもいいんですよ。」とジョンは言いました。「でもね、生活するには十分ですよ。人々は、みんな、ただ争ってお金を稼ごうとしているんですよね。もっと怠け者になって、四六時中働きっぱなしになるのをやめれば、美しいものを見ることができるんですよ。蝶々や夕日・・・・こういったものは本当に美しいんですから。人間は一番愚かな動物だと思いますよ。他のどんな動物だって1日に8時間も働いたりしないですから。そんなに一生懸命に働かなくたっていいんですよ、もっと怠けたっていいんですよって、みんなに伝えたいですね。怠けるってことは、環境保護者であることと、持続可能な生活をするための本当のあり方なんですから。」
怠けるという言葉によって、彼は何もしないことを言っているのではありません。幸せであるために多額のお金は必要ないので、必要な分だけ働けばいいのだということを、彼は単純に理解し、実践しているのです。
ジョンは、この考え方がもっとも重要な一歩であると信じています。「『十分』と言える心を養わなければなりません。」彼は言いました。「そういう態度でなければ、このようなことはやっていけません。」
自立から離れる方向に導こうとするような広告や教育は、意識的に無視するように努力をしなければならないと、ジョンは説明してくれました。高額な化学物質の使用や伝統的でない農法を推進する声はたくさんあります。「広告の多くは、僕たちは牛乳を生産すべきだし、牛乳を飲むべきだと教えてくれるんだ。」と彼が言いました「でもね、ここではそんなことはしたことがないんだ。僕たちの生活様式を完全に変えてしまうことは、良い提案とは言えないね。」
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「慣行農業は行き詰ってるよ。人々は、その土地で働く奴隷になってる。ただひたすら働いたって、何も得るものはないんだよ。借金が残るだけさ。人々が苦しんでいる時には、解決策を考えなきゃいけない。オーガニック農業は、今のところその解決策なんだ。」 |
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自立を目指してがんばっているジョンの姿に賛同し始めているタイの農家はどんどん増えています。タイではオーガニック農業はまだ少数派ですが、6年前に経済崩壊が起こり、多くの人々が生活していくための代替案を探しました。“Asok”と呼ばれる仏教界の活動の中でも、主要収入源としてオーガニック農業が行われ、そのねらい
の一つとして自立が求められたのです 。
「慣行農業は行き詰ってるよ。」とジョンは言いました。「人々は、その土地で働く奴隷になってる。ただひたすら働いたって、何も得るものはないんだよ。借金が残るだけさ。人々が苦しんでいる時には、解決策を考えなきゃいけない。オーガニック農業は、今のところその解決策なんだ。」
ジョンは、彼の家族農場の泥の小道をぶらぶら歩いたり、レンガの建物に竹で屋根を組み立てたり、食事をしながら笑ったりおしゃべりしたりしています。その様子を見ると、これが、彼にとっての解決策だったんだということがよくわかります。
言うまでもなく、デレクと私はとても刺激を受け、感化されて、ジャンダイ農場を出発しました。そして、次に、観光の町ヴァンヴィエンの郊外にある、オーガニックの桑農場のうわさを聞いて、ラオスに向かいます。
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