| 過去を振り返って
100年ほど前までは日本人の70%近くが農家でした。そして田畑のすぐ近くに住んでいました。この時代の農家は「百姓」と呼ばれていて、文字通りの意味では百種類のものを育てる人という意味です。農業とは家族を食べさせることであり、余ったものは、もしもあればの話ですが、市場で売られたり、あるいは村の中で分けられたりしていました。
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「私たちの農場では家族の意味を、血縁の関係から農場を支えてくれている人たちへと変更し、再定義しました。」 |
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農家はさまざまな作物の栽培に理想的な環境を熟知していており、たくさんの種類の作物を生産していました。それぞれの作物を、複雑な耕作計画に合わせることもできました。それは現実的な理由があったからです。――すなわち、彼らは飢死したくなかったのです。農家は虐げられ、経済的に搾取される階級だったのです。持っている土地の広さに基づき、支配階級層にその収穫の分け前を差し出すよう要求されていたのです。豊作、凶作の年でも関係なくその量は一定でした。持続可能な農業は支配階級層からの公的な支援もなく、農民搾取を背景に発達していったのです。それはまさに生き残れるかどうかの問題だったのです。
根本に流れる思想
「もったいない精神」(物はとても大切なので捨てられないという倫理観)はこの地で発展した農業に強く影響を与えました。農場となった場所が小さかったので、場所単位での生産量をどうやって増やすかということに焦点が当てられていました。私の見るところでは、「もったいない精神」は農家の時間の使い方・空間の使い方・有機廃棄物の使い方に応用されていました。
時間
日本における伝統的な農法として二毛作があります。それはひとつの耕作地で同時に2種類以上の作物を育て、他の作物を育てながら別の作物を収穫するというものです。この例として、稲の栽培中に小麦とクローバーの種を蒔くというものが挙げられます。稲を刈り取ったあとは小麦が育ちます。小麦を収穫したあとは、クローバーが育ち、翌年水を引いて稲を栽培します。
空間
つる棚方式は伝統的な日本の農業の中で大いに発展しました。非常に土地が肥えた所では、キュウリ、トマト、メロン、かぼちゃといった高温を好む植物を空中で栽培することができます。葉物野菜(菜っぱ)は、比較的涼しい場所や日が当たらない環境で育ちますので、その下に植えることができます。
私たちはレタスをブロッコリーと一緒に育てることに、この考え方を取り入れてきました。レタスとブロッコリーの両方を同時に畑に定植します。ブロッコリーは成長するにつれて、レタス収穫前の約1週間の間レタスに日陰をつくります。このようにして通常雑草が生えてしまう場所をレタスが占めているので、私たちは雑草を取らなければならない時間をも節約しているのです。レタスが収穫されたあとブロッコリーが効果的に日陰をつくるので、草取りは収穫まで必要ありません。
この原理をかぼちゃの栽培にも応用しています。前年秋に植えられたライ麦のうねを平らにし、6月にかぼちゃを植えます。かぼちゃのつるが長く伸びすぎないうちに、かぼちゃのうねの間にあるライ麦を収穫できるように植付けの時期は計算されてきました。風からの保護や土壌の改善といったその他のメリットがあるので、こういったことの実施は私たちの農業経営の大変重要な部分になっています。
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